目しめ志福島の近海で獲れる魚介は「常13海辺のグルマン1 2 3 4 5 6 7 8 つぐ次まさ久之浜港の柴田正まさしおさんは漁師歴60年の海の猛者である。震災で津波に飲み込まれ、水中でもうダメだと思った時、海水を飲んだらなぜか息ができるようになったのだという。必死に電柱によじ登り一命を取り留めた。その柴田さんがこの日は上機嫌だ。沖合でヒラメがかかり始めたのだ。最盛期は漁船と遊漁船で海は混み合うというが、まだほかの船は1艘も出ていない。道具は釣り竿一本。生きたイワシを餌に、釣り針を水深60メートルほどまで下ろすと、食い意地の張ったヒラメはイワシの頭からかぶりつく。巨大なヒラメが次々と海面に姿を現す。「来たよ〜来たよ〜ヒラメちゃん!」と柴田さんは踊りださんばかりだ。「網を海中に仕掛ける刺し網漁ではやはり魚が弱ってしまう。釣り竿で釣れば傷つけることなく、そのまま高級な活魚として、東京などに出荷できるんです」と話すのは、漁を手伝う木村匡ばんじょうい。刺身にしてもムニエルにしても味は申し分ない。ヒラメのその大きさが尋常ではない。50センチを超えるものはザラで、巨大なものは「座布団ヒラメ」と呼ばれる。まさに座布団。実際漁師はヒラメを1匹、2匹とは数えない。1枚、2枚と数えるのだ。さん。磐もの」と呼ばれている。寒流の親潮と暖流の黒潮が混ざり合う栄養豊かな「潮の海」が育む、200種を超える魚種の豊富さと、高度な技術により保たれた鮮度で、国内でも一目置かれる存在だ。常磐もので有名なものといえば深海に棲む小型の魚、メヒカリなのだが、その存在感と高級感からいうならヒラメをおいてほかになヒラメは福島のブランド魚でもある。今年もヒラメの稚魚100万匹が放流され、30センチ以下のヒラメを獲ることは禁止されている。持続可能な資源管理がなされているのである。松川浦は相馬市にある潟湖である。砂州によって太平洋と隔てられ、一部が海と繋がっている。穏やかな海に小島が点在する美しい風景は日本百景の一つであり、古くは7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された日本最古の歌集『万葉集』にも登場する。江戸時代には相馬中村藩主の行楽地となっていた。震災で大津波に襲われたが、津波で分断された砂州が復旧し、壊滅的な被害を受けた海苔の養殖も再び始まっている。その松川浦でワイルドに福島の海の幸を提供するのは、松川浦の旅館の若旦那たちがつくる「松川浦ガイドの会」だ。沿岸部の松川浦旅館街で行われる「浜焼き」では、ガイドに串の打ち方から炭の熾し方まで教えてもらいながら福島の海鮮を楽しめる。風光明媚な浜で過ごす夕べも素敵だ。1 海面に姿を現したヒラメをタモ網ですくう。2 刺し網で捕えたヒラツメガニ。3 浜焼きなどのアクティビティを提供する松川浦ガイドの会。4 小さな竹竿づくりから行うハゼ釣りやカニ釣りは子どもたちにも人気(松川浦)。5 温度管理された久之浜港の生け簀に一時的にヒラメを移し、鮮度を保つ。6 漁師歴60年、船長の柴田正次さんが竿を手に海を睨む。7, 8 常磐ものを味わえる沿岸部の松川浦旅館街での浜焼き。常磐もの種類の多さと、魚の新鮮度を保つ技術の高さで知られる福島沖で獲れる魚介。春夏秋冬それぞれに旬の魚がある。松川浦ガイドの会沿岸部の松川浦旅館街での浜焼きのほか、干潟での釣り体験や、夜、小さなライトと網でカニや小魚を捕るナイトフィッシング、浜で星を眺めるムーンロード・カフェなど、松川浦の自然のなかで都会の人々の心をつかむ多様なイベントを催している。豊饒の海で「常磐もの」は極上の海の幸
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